エピソード

エピソード4
骨格は骨太でも精神は数寄屋/住友那須別邸

「住友那須別邸」南側外観
「住友那須別邸」南側外観

 1935年(昭和10年)、佐藤秀三は、その後の彼と会社の飛躍を決定付ける重要な仕事を手掛けています。「住友那須別邸」(看雲荘)です。この建物は、秀三が2年の歳月をかけて1937年(昭和12年)に完成した渾身の作で、戦前の彼の住宅建築の代表作ともいえるものです。
 東大名誉教授の内田祥哉氏は、この作品を「室内は和風化されているとはいえ洋風で、部材は極めて太く、思い切った巨木を豪快に使い、空間構成は極めて悠大、正に王者の風格がある。それにもかかわらず、ことごとく対称形をきらい、規則性も、儀式的要素も殊更さけている。また、外観の表現は極めて素朴であり、野生的な趣好で内容の豊かさをひたかくしにかくし、誇示するものは何一つ表現しない。それは、疑いなく精神としては「すきや」であり、和風民家ではなく、「洋風すきや」というべきものと感じた」(「佐藤秀三」作品集 佐藤秀工務店刊)と評しています。

栗ブロック床の玄関ホール
栗ブロック床の玄関ホール
階段ホール
階段ホール

 しっとりと黒く輝きを放つ栗ブロック床の玄関ホールから、粗野な縦引きラフコート仕上げが見事な壁の吹き抜けの階段ホールを通り、南側のダイニングに入ると、住宅建築では類のない大胆に骨太の梁と柱が目前に迫り圧倒されます。これらの架構の栗材の全てには粗々しく手斧掛けが施されており、その重厚かつ野趣な迫力で誰もが息をのみます。更に奥のリビングには、不規則な形状で積まれた自然石で囲われた壁面いっぱいの暖炉が待ち構え、秀三設計による天井からの照明と家具などが配置され、豪放な中にも落ち着いた色調と空間が備えられ、竣工から80年以上を経過した現在も、威厳をたたえています。訪れた建築関係者の誰もが最大級の賛辞を惜しみません。
 この「住友那須別邸」は間違いなく、秀三が独自の境地を拓いた近代木造住宅建築の代表作のひとつに上げられるでしょう。

秀三の訃報に接して詠んだ追悼歌
リビングよりダイニングを見る
リビングよりダイニングを見る
 1978年、第16代住友吉左衛門友成氏が、この那須別邸滞在中、秀三の訃報に接して詠んだ追悼歌です。
   
 
 

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