World of SATO HIDEZO
建築家 佐藤秀三の世界

Photo:ライカ写真工房
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「佐藤秀三」 ある建築家の系譜

 
 

1929(昭和四)年。この年、のちに日本の現代建築界に貴重な業績を残す巨匠・村野藤吾が、新進気鋭の建築家として、大阪で華々しく独立を果たしました。
同じ年、東京赤羽の借家に、製図板一枚を据えて設計・施工の請負会社を開業したひとりの建築家がいました。彼の名は「佐藤秀三」…。のちに日光プリンスホテルや各界の著名人の邸宅などを手掛け、木造建築で名を馳せる人物です。
伝統的棟梁が、設計・施工一貫の建設会社を興して成功した例は枚挙にいとまがありませんが、建築家が、建築の理想を追究して自ら施工会社を興した例はほかにありません。
この佐藤秀三とは、いったいどのような人物であり、どのような建築作品をこの世に残したのでしょうか。建築家が前面に出ることを断固として嫌った寡黙な彼の実像は、今までまったくベールに包まれていました。
現代建築史における伝説の建築家「佐藤秀三」の世界の封印が、今ここに解かれます…。




略歴


佐藤 秀三
(さとう ひでぞう、1897年(明治30年)2月20日〜1978年(昭和53)9月8日)は、昭和期の建築家であり、株式会社佐藤秀工務店(現 株式会社佐藤秀)の代表取締役社長・会長を務めた。

秋田県出身。
1914年、米沢工業高校建築科卒業。
同年、住友総本店営繕課に入社し、住友銀行東京支店(後の日本橋支店)などの建設に従事。上司であった建築家 長谷部鋭吉(後の日建設計創業者)の薫陶を受ける。
1929年、設計施工を一貫で手掛ける佐藤秀三建築工務所(現 佐藤秀)を創業。

以後、佐藤は、日本の木造住宅の伝統に、西洋建築の要素を取り入れた独自の作風を確立し、住宅建築を中心に多くの作品を残した。
また、建物の設計施工のみにとどまらず、家具・建具・照明・装飾金物の製作を独自に手掛けるなど、建築をトータルでデザインするこだわりの建築家でもあった。

1979年、遺作となった「日光プリンスホテル」で、
社団法人建築業協会主催 第20回BSC賞を受賞。
2003
年、志賀アルペンローゼ(1938年設計施工)が山ノ内町の有形文化財に指定される。
2004
年、住友俣野別邸が(1939年設計施工)が国の重要文化財に指定される。


主な代表作品

・1930年 亘理邸(現:林邸) (東京都)
  ※杉並区 第11回杉並「まち」デザイン賞受賞  
・1937年 住友那須別邸 (栃木県)
・1938年 渋沢信雄邸 (東京都)
・1938年 志賀アルペンローゼ (長野県)
  ※長野県山ノ内町指定有形文化財
・1939年 住友俣野別邸 (神奈川県)
  ※国指定重要文化財(建造物
・1940年 住友発哺山寮 (長野県)
・1962年 向井潤吉邸 (東京都)
・1964年 I邸 (東京都)
・1970年 三木武夫邸 (東京都)
・1971年 中島邸 (東京都)
・1973年 晴山ホテルゴルフクラブハウス
(長野県)
・1973年 東京海上火災保険白馬山荘 (長野県)
・1975年 嬬恋高原ゴルフ場クラブハウス
(群馬県)
  (現:嬬恋プリンスホテル)    
・1976年
日光プリンスホテル (栃木県)
  ※社団法人建築業協会主催 第20回BCS賞受賞

秀三に関する文献

・建築の出自−長谷川尭建築家評論集−
 (長谷川尭 著、鹿島出版会、2008年)
・CONFORT (コンフォルト) 2005年12月 No.87
  "佐藤秀三の建築 栗普請の洋風数寄屋"
  (コンフォルト編集部 編、建築資料研究社、2005年)
・佐藤秀三 <写真集>
 (佐藤秀工務店五十周年編集委員会 編、佐藤秀工務店、1979年)




 


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